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第2章「蒸気機関の夜」第3話「火薬を抱く者たち」

沢村直次は、火薬の匂いを初めて嗅いだ時、思ったより甘いのだなと思った。

もっと刺すような匂いを想像していた。

もっと、死に近い匂いを。

だが、古い長屋の奥に漂うそれは、硫黄と油と湿った木材の匂いに混じり、どこか甘ったるく鼻の奥へ残った。

甘いからこそ、余計に嫌だった。

人を殺すものが、こんなに静かであっていいのか。

「直次」

低い声に呼ばれ、直次は顔を上げた。

荒木源内が、長屋の柱にもたれてこちらを見ている。

白髪混じりの髷。

深い皺。

いつも眠そうな目。

だが、眠っているわけではない。荒木は目を細めたまま、誰がどこへ動いたか、誰の手が震えているか、誰の息が荒いかを全部見ている。

直次は、その目が少し苦手だった。

「何です」

「火薬を見る目をするな」

「見る目?」

「刀に憧れる若造の目とも違う。あれは、自分の死に場所を探す目だ」

直次はむっとした。

「俺は死に場所なんか探してません」

「そうか」

荒木は否定しなかった。

それが、かえって腹立たしかった。

「俺は、役に立ちたいだけです」

「役に立つことと、死ぬことは同じじゃねえ」

「同じにしたのは、そちらでしょう」

直次の声が、思ったより鋭くなった。

長屋の中にいた浪人たちが、ちらりとこちらを見る。

直次は唇を噛んだ。

この長屋は、田中久重の工房から二町ほど離れた裏通りにあった。

表向きは空き家だ。

だが今は、影山伝蔵の配下が十数人、身を潜めている。

畳は擦り切れ、壁土は剥がれ、雨漏りの跡が天井に広がっている。隅にはイーサン・グラントから届いた木箱が積まれ、その上に油紙で包まれた銃、火薬、火炎瓶の材料、封蝋を剥がすための溶剤が並んでいた。

部屋の中央では、倉田甚八が爆薬を調整している。

倉田は背が低く、片目の下に火傷の跡がある男だった。もとは鉱山で発破を扱っていたと聞く。指は太いが、不思議なほど細かく動く。

彼は銃よりも刀よりも、火薬を愛しているように見えた。

「湿気が多い」

倉田がぼそりと言った。

「江戸の冬は乾くと聞いたが、長屋の床下が腐ってやがる」

「使えるのか」

荒木が聞く。

「使えるようにするのが俺の仕事だ」

倉田は油紙を開き、小さな秤で粉を量った。

「イーサンの品は悪くねえ。だが、海を渡る間に少し湿気を吸っている。火炎瓶には向くが、仕掛けに使うなら乾かしてからだ」

「火炎瓶……」

直次はその言葉を繰り返した。

倉田が片目で見上げる。

「怖いか」

「怖くありません」

「怖がれ。怖がらねえ奴は、火を雑に扱う」

倉田は粉を量りながら、片目だけで直次を見た。

「火薬はな、正直だ」

「正直?」

「湿れば拗ねる。詰めすぎれば怒る。雑に扱えば、敵より先にこっちを食う」

直次は油紙の上の黒い粉を見た。

「人みたいですね」

「人よりましだ。火薬は嘘をつかねえ」

直次は返事に詰まった。

荒木が小さく鼻を鳴らす。

「倉田の言う通りだ。火は怖がるくらいでちょうどいい」

「ですが」

「ですが、何だ」

直次は懐へ手を入れた。

指先に、小さな木札が触れる。

質札。

母の名が、乱れた字で書かれている。

病に伏せた母のために、布団も、火鉢も、最後には父の形見の脇差まで質へ入れた。

それでも足りなかった。

薬代は、いつも少しだけ足りなかった。

そして、足りないまま母は死んだ。

「怖がっている間に、何もかも取られたんです」

直次は言った。

「武士の名も、家も、母も。怖がって、待って、頭を下げて、それで何が残りましたか」

荒木は何も言わなかった。

倉田も、手を止めたまま黙っている。

荒木は、かつて同じ目をした若者を一人、止められなかった。

止める言葉を探している間に、その若者は火の中へ走った。

だから直次を見ると、古い煙が喉の奥へ戻ってくる。

だが、その話を荒木はしない。

話せば止められるほど、若い火は素直ではないと知っている。

直次は続けた。

「俺には、もう火くらいしか残っていません」

言ってから、自分の言葉が少し怖くなった。

火くらいしか残っていない。

それは、本当に自分の言葉だろうか。

それとも、誰かに与えられた言葉だろうか。

「よい」

奥から声がした。

神崎玄蕃だった。

古い羽織をまとい、膝の上に檄文の束を置いて座っている。

痩せた顔。

整いすぎた髭。

筆を持つ指は細い。

だが、その指から生まれる言葉は、刀よりも人を急がせる。

玄蕃は直次を見た。

「火しか残っていない者は、火によって己を取り戻す」

玄蕃の視線が、直次の懐へ落ちた。

直次はびくりとした。

木札の端が、指の間からわずかに覗いていた。

「母御の名か」

直次は息を呑む。

「見せるな。大事なものだろう」

玄蕃は優しい声で言った。

その優しさが、直次には痛かった。

「母を奪ったのは病だけではない。薬を買えぬ世、旧き者を見捨てる世、弱き者を黙らせる世だ」

直次の胸が熱くなる。

「ならば、君の火は私怨ではない。弔いだ」

荒木の眉が動いた。

「先生、若い者にあまり綺麗な言葉を聞かせるな」

「綺麗ではない。これは真実だ」

玄蕃は檄文を一枚開いた。

朱筆の文字が、薄暗い長屋の中で血のように見えた。

「西洋の妖術を焼け」

玄蕃の声は静かだった。

その静けさが、かえって熱を帯びている。

「からくりの名を借りた鉄の獣は、この国の手を奪う。蒸気と歯車は、職人の魂を箱に閉じ込める。学問を語る者は、女を男の席へ座らせ、町人を武士の顔に変え、異国の言葉で若者の舌を腐らせる」

直次の胸が熱くなる。

第1章の横浜闇市で聞いた言葉と同じ熱だ。

自分の怒りが、誰かの文章になる。

それは恐ろしいほど気持ちがよかった。

玄蕃の言葉を聞くたびに、直次は自分が少し賢くなったような気がした。

だが、本当は違う。

自分の怒りに、立派な着物を着せてもらっているだけなのかもしれない。

そう思いかけて、直次はその考えを押し込めた。

立派な言葉を疑えば、裸の怒りだけが残ってしまう。

裸の怒りは、あまりに惨めだった。

怒りに形が与えられる。

形があるなら、振るえる。

振るえるなら、戦える。

「工房は、ただの工房ではない」

玄蕃は続けた。

「田中久重の工房は、明治という偽りの象徴だ。旧き手を捨て、新しき鉄に媚びる場所。そこを焼けば、民の目は覚める」

「民の目が覚める前に、職人が焼け死ぬ」

荒木が低く言った。

長屋の空気が止まった。

直次は荒木を見た。

倉田も手を止める。

玄蕃は目を細めた。

「犠牲なくして、時代は戻らぬ」

玄蕃は、若者を死なせたいわけではない。

少なくとも、本人はそう信じている。

ただ、若者の命を時代のために使ってよいと、本気で思っている。

だからこそ、その声は揺れなかった。

「戻るのか」

荒木の声は、乾いていた。

「焼けば、時代は戻るのか」

玄蕃は答えない。

代わりに、部屋の奥で刀を磨いていた男が、布を止めた。

真田景久。

直次よりいくつか年上の若い浪人。

黒髪を後ろで無造作に束ね、顔の下半分を布で隠していることが多い。目元は鋭い。けれど、時々ふっと遠くを見る。

その目は、誰かに似ていた。

直次はその誰かをまだ知らない。

景久は長屋の隅で、黙って刀を拭いていた。

火薬の箱には触れない。

銃にも、ほとんど興味を示さない。

ただ、自分の刀だけを丁寧に整えている。

倉田がわざとらしく言った。

「景久、お前も火薬は嫌いか」

景久は布を動かす手を止めずに答えた。

「嫌いだ」

「正直だな」

「音が汚い」

倉田は片目で笑った。

「斬る音は綺麗か」

景久の手が止まった。

ほんの一瞬。

「綺麗なわけがない」

その声は低かった。

直次は、なぜか胸を突かれた。

景久は伝蔵様に従っている。

自分たちと同じく、明治に奪われた者のはずだ。

なのに、景久の言葉は時々、こちらの熱を冷ます。

「景久」

今度は別の声がした。

影山伝蔵が、奥の間から出てきた。

黒い羽織。

痩せた頬。

親指は古い印籠の傷を撫でている。

長屋の中にいた者たちが、自然と姿勢を正した。

直次も膝を揃える。

伝蔵は派手なことをしない。

大声も出さない。

だが、この場で誰よりも重かった。

「工房へ入ったな」

景久は短く頷いた。

「入った」

直次は息を呑んだ。

昼間、工房に忍び込んだのは景久だったのか。

「鳳凰丸の管に仕込みは」

「入れた」

倉田がにやりとする。

「どうだった」

「動く前なら気づかれにくい。だが、あの発明狂がいる」

「綾部影照か」

伝蔵が言った。

景久は頷く。

「あれは、音と匂いを拾う。長くはもたん」

倉田が舌打ちした。

「ちっ。じゃあ、もう気づかれたか」

「おそらく」

「なら早めるしかねえ」

景久は黙った。

荒木が彼を見る。

「工房には子どもがいたか」

直次は、荒木がなぜそんなことを聞くのか分からなかった。

景久の手が、刀の布を強く握った。

「いた」

「丁稚か」

「……ああ」

景久の脳裏に、工房で見た丁稚の顔が浮かんだ。

工具袋を腰に下げ、誰かに褒められたのか、耳まで赤くしていた少年。

あの目は、かつての自分に少し似ていた。

兄の背を追いかけ、刀の握り方を真似ていた頃の自分に。

そのわずかな間を、荒木は見逃さなかった。

「どうした」

「何でもない」

「お前、何か見たな」

景久は答えなかった。

直次は思い出した。

横浜闇市の夜。

外で子どもが泣いた時、景久は誰にも見られないように握り飯を戸口へ転がしていた。

あの時も、何でもない顔をしていた。

けれど、見ていた者はいた。

直次はなぜか、そのことを誰にも言えなかった。

伝蔵が静かに言った。

「景久」

「はい」

「迷うな」

景久の目が、わずかに細くなる。

伝蔵は続けた。

「我らは、弱き者を焼くために動くのではない。弱き者を踏みつけにする時代を焼く」

玄蕃が頷く。

「その通り。小さな犠牲を恐れて大きな病を見逃せば、国そのものが腐る」

荒木が低く言った。

「言い方は綺麗だな」

玄蕃の目が荒木へ向く。

「荒木殿は、まだ腰が引けている」

「腰が引けているんじゃねえ。目が覚めているだけだ」

「では、なぜここにいる」

荒木は答えなかった。

その腰にも刀がある。

その足もまた、ここから出る道を知らない。

直次は、荒木を責める気にはなれなかった。

自分も同じだ。

ここ以外に行く場所がない。

だから、ここで与えられる言葉にすがっている。

「設計図は」

伝蔵が倉田へ目を向ける。

倉田は木箱の上に広げた粗い見取り図を指差した。

「工房の奥、火鉢のある棚の裏に隠し棚があるらしい。横浜の商館から流れた情報だ。表の設計図を燃やしても、本命はそこだ」

「奪う。燃やすのは、その後だ」

玄蕃の眉が動いた。

「使うのか」

伝蔵は玄蕃を見た。

「敵の力を知らずに、敵は斬れぬ」

「それで魂は残るか」

長屋が静かになった。

伝蔵の親指が、印籠の傷を撫でる。

その傷は、妹の薬代を工面するため、質屋の台へ置いた時についたものだった。

結局、印籠は戻った。

妹は戻らなかった。

薬代にすら届かなかった日の記憶。

死んだ者の名を、誰も覚えていないという怒り。

「魂だけで、腹は膨れぬ」

伝蔵の声は、冷たかった。

玄蕃は口を閉じた。

直次は胸の奥が震えた。

伝蔵様は、理想だけの人ではない。

勝つために、憎むものさえ使う。

それは矛盾かもしれない。

だが、直次には強さに見えた。

「襲撃は今夜だ」

伝蔵は言った。

「時計塔の鐘が三つ鳴った時、倉田は裏手へ火を入れろ。火は騒ぎを生む。直次、お前たちは表から職人を追い出せ。殺すな。だが、邪魔をする者は斬れ」

直次の喉が鳴った。

殺すな。

だが、邪魔をする者は斬れ。

その二つが同じ命令の中に並んでいる。

荒木の目が、ほんの少し伏せられた。

その命令を、昔から何度も聞いたことがある目だった。

できるだけ殺すな。

ただし、邪魔なら斬れ。

そういう言葉が、一番多くの死体を作る。

「はい」

声は出た。

思ったより、しっかりと。

荒木が横目で直次を見る。

「俺も表へ行く」

「荒木殿は直次の組を見ろ」

伝蔵が言う。

荒木は不満そうにしたが、頷いた。

「景久」

「はい」

「お前は奥へ入れ。設計図を押さえろ。綾部影照と真田義経には近づきすぎるな」

景久の目が、初めてはっきり揺れた。

「真田……義経」

その名だけが、長屋の空気から音を奪った。

直次は景久を見た。

なぜ景久がその名に反応したのか、直次には分からない。

だが、荒木は分かったように目を伏せた。

倉田でさえ、火薬を量る手を止めた。

景久の手が、刀の柄に触れている。

怒りとも違う。

恐れとも違う。

もっと古く、もっと痛い何かが、その目に浮かんでいた。

伝蔵は静かに言う。

「お前の兄だ」

景久は答えない。

「今は新政府側の護衛だ」

景久の指が、柄を強く握った。

「知っている」

「ならば迷うな」

景久は笑った。

声のない笑いだった。

「迷ってなど、いない」

直次には、そうは聞こえなかった。

荒木にも、そうは聞こえなかったらしい。

だが、誰も何も言わなかった。

長屋の外で、子どもたちの笑い声がした。

近所の子らが、軒先の氷を割って遊んでいるのだろう。

景久の目が、一瞬だけそちらへ動いた。

伝蔵は見ていなかった。

玄蕃は檄文を見ていた。

倉田は火薬を見ていた。

荒木だけが、景久のその一瞬を見た。

そして、何も言わなかった。

夕刻が近づくにつれ、長屋の中の熱は静かに上がっていった。

倉田は火薬を油紙へ小分けにし、火炎瓶の口へ布を詰める。

直次はスナイドル銃を持たされた。

思ったより重い。

刀よりも冷たい。

だが、その冷たさが、なぜか頼もしくもあった。

「銃に振り回されるな」

荒木が言った。

「銃は刀より早い。だから、自分が強くなったと勘違いする」

「俺は勘違いしません」

「今そう言う奴ほど危ない」

直次はむっとした。

だが、荒木は懐から小さな布を出し、銃の金具を拭いてくれた。

「湿気を取れ。手汗で滑る」

「……ありがとうございます」

「礼は生きて帰ってから言え」

直次は返事ができなかった。

生きて帰る。

その言葉が、思ったより遠く聞こえた。

景久は部屋の隅で、黒い布を顔に巻いている。

直次はその布に目を留めた。

粗い織り。

どこか古びた、北国の匂いを抱えた布。

「景久さん」

直次は思わず声をかけた。

景久の目だけがこちらを向く。

「何だ」

「その布、工房で落としたのでは」

景久は一瞬、動きを止めた。

それから懐を探る。

布の端が少し欠けていることに気づいたらしい。

「……落としたかもしれん」

「まずいのでは」

「まずいな」

言葉の割に、景久は焦っていなかった。

いや、焦っていないように見せているだけかもしれない。

荒木が横から聞いた。

「誰かに拾われたら」

景久は短く言う。

「兄なら、気づく」

その声が、ひどく苦かった。

直次は何も言えなかった。

兄。

新政府側の護衛。

捨てた兄。

それとも、捨てられたと思いたい兄。

直次には分からない。

けれど、景久の手が少し震えていることだけは分かった。

やがて、外が暗くなった。

長屋の戸が開く。

冷たい夜風が入ってきて、火薬の甘い匂いを少しだけ薄めた。

伝蔵が立つ。

「行くぞ」

浪人たちが一斉に動いた。

刀を差す音。

銃を抱える音。

火炎瓶を布で包む音。

誰も大声を出さない。

静かだった。

だからこそ、直次には怖かった。

怒りは叫ぶものだと思っていた。

だが、本当に火を抱く者たちは、火を消さぬように静かになる。

長屋を出る直前、玄蕃が檄文を一枚、直次へ渡した。

「懐に入れておけ」

「これは」

「お前の手が震えた時、読むがよい。何のために火を持つのか、思い出せる」

直次はその紙を受け取った。

紙は軽い。

だが、懐に入れると、質札より重く感じた。

長屋の外へ出ると、田中久重の工房の時計塔が遠くに見えた。

窓から灯が漏れている。

まだ職人たちが動いているのだろう。

千吉という名の丁稚も。

お初という女中も。

新太郎やつばきたちも。

直次は彼らの顔を知らない。

知らないから、戦えるはずだった。

知らない者なら、時代の象徴として焼けるはずだった。

なのに、景久が「丁稚がいた」と言った時から、直次の中で何かが小さく引っかかっている。

「直次」

荒木が隣に立った。

「はい」

「火を見るな。人を見ろ」

「え」

「火だけ見ていると、火に持っていかれる」

荒木はそれだけ言って歩き出した。

直次は懐の中で、質札と檄文が重なっているのを感じた。

質札には、母の名があった。

檄文には、国の名があった。

どちらも紙だ。

どちらも軽い。

母の名は、直次を引き戻そうとする。

国の名は、直次を前へ押す。

なのに、どちらも彼の足を縛っていた。

そのころ、田中久重の工房では、千吉が火鉢のそばでうとうとしていた。

膝の上には、影照に褒められた圧力計の小さな写し図がある。

お初がそれを見つけ、そっと上着をかけた。

「風邪をひきますよ」

千吉は目を覚まさない。

工房の奥では、鳳凰丸の調整を終えた職人たちが、ようやく遅い夕飯にありつこうとしていた。

誰も、外から火が歩いてくることを知らない。

夜。

工房の時計塔が、ゆっくりと鐘を鳴らした。

一つ。

直次は息を吸った。

二つ。

倉田甚八が火薬袋の口を結び直し、火打石を取り出す。

三つ。

澄んだ音が、夜気の中に消える。

倉田の指先が、火種を近づけた。

小さな火が、油を吸った布の先に移る。

それは、思ったよりも静かに燃えた。

甘い火薬の匂いが、直次の胸いっぱいに満ちた。

その甘さが、どうしても好きになれなかった。

そして、田中久重の工房へ向けて、復讐の火が歩き出した。

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