第13章:侵入計画 フライング・コード~遺伝子の胎動~ 

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第13章:侵入計画 フライング・コード~遺伝子の胎動~ 

山間の「天ぷら屋みれい」に朝日が差し込み、窓辺の埃が金色に舞う。ひんやりとした空気が、清六の頬を心地よく撫でていく。

一週間前、この場所に逃げてきた時の清六とは、もはや同じ人間とは思えないほど彼の内面は変化していた。

自分が「料理遺伝子人間」であることを受け入れ、その能力をコントロールする術を学んだ今、彼の目はまっすぐ前を見据えていた。

「最後の確認よ」

玲は調理台に立ち、油を熱していた。清六は背筋を伸ばし、深呼吸して感覚を研ぎ澄ませる。

「準備はいい?」

「はい」

清六の声に迷いはなかった。玲が鍋に火をつけ、油の香りが食堂に広がる。衣をまとった食材が油に沈む音、立ち上る湯気、そしてあの特徴的な香り—すべてが清六の「活性化回路」を刺激するはずのものだった。

頭の奥に鋭い痛みが走り、視界の端がじわじわと黄金色に染まる。体の奥から湧き上がる衝動を、清六は深い呼吸とともに受け止めた。

「文学…僕は文学を愛する」

彼は心の中で夏目漱石の「こころ」の一節を繰り返し、言葉のリズムに意識を預けた。

『私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。』

体が一瞬震えたが、清六はそれを意志の力で抑え込む。活性化の波が彼を包み込もうとしているのを感じながらも、彼はそれを拒絶せず、かといって飲み込まれるわけでもなく、静かに共存していた。

「素晴らしいわ」

玲は目を細めて満足げに頷き、清六の肩を軽く叩いた。

「もう『活性化』に支配されることはないでしょう。あなたは自分の能力と共存する方法を学んだのよ」

「ありがとうございます、玲さん」

清六は深く頭を下げ、胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。この一週間の厳しい指導があったからこそ、自分の中の力を理解し、受け入れることができたのだ。

「自分の核となるアイデンティティを忘れないことね」

玲は油から火を引きながら言った。

「清六の場合は『文学への愛』。これが活性化に抵抗する核になる。どんなに強い刺激を受けても、その核を失わなければ、自分を保つことができるわ」

清六は頷いた。彼の文学への愛は、幼い頃から育んできた本物の感情だった。「天野書房」の静かな空気、紙の匂い、誠司が本を手渡してくれた温もり——それらが彼の心の奥にしっかりと根付いていた。

「みんなは?」

清六が尋ねると、玲は食堂の方を指さした。

「作戦会議を始めようとしているわ。行きましょう」

***

二人が食堂に入ると、全員が真剣な表情でテーブルを囲んでいた。沙織、凪子、霧島、誠司、そして昨日から合流した彩乃。テーブルの上には大分市街と国際食品フォーラム会場の地図が広げられ、色とりどりの付箋やメモが散らばっている。全員の視線が、次の一手を見据えていた。

「おはよう」

沙織が清六に微笑みかけた。ほっとしたように胸に手を当てる。

「トレーニングはどうだった?」

「うまくいったよ。もう『活性化』に飲み込まれることはないから」

清六は少し照れたように微笑み、自信を持って答えた。沙織の表情がぱっと明るくなる。

「よかった…」

その時、霧島がテーブルを軽く叩き、全員の視線が一斉に集まった。室内の空気が一瞬張り詰める。

「状況は緊迫している。GFOの情報によれば、ソラティア研究所では昨夜から異常な動きがあるという」

「どんな動きだ?」

誠司が身を乗り出して尋ねる。

「昨夜だけでトラックが十数台出入りし、警備員も倍増した。監視カメラの死角も減っている。明らかに何かの準備をしている」

「やはり国際食品フォーラムで動くつもりね」

彩乃が緊張した面持ちで言った。

「わたしが内部から得た情報では、由布厚生と別府理事長は『共鳴タンク』の最終調整を行っている。明日の展示に向けて、九重千尋も特殊な訓練を受けているわ」

「フォーラムは明日なのに、今から潜入するの?」

凪子が不安そうに尋ねた。

「そうせざるを得ない」

霧島は断固とした調子で答えた。

「フォーラム当日では遅すぎる。彼らの計画を阻止するには、事前に『共鳴タンク』を無効化しておく必要がある」

「その通り」

彩乃が頷いた。

「わたしが開発した解除プログラムを『共鳴タンク』に仕込んでおけば、明日彼らがシステムを起動しても機能しないわ」

「問題は、どうやって研究所に潜入するかだ」

誠司が地図を指さす。

「ソラティア研究所は警備が厳重だ。特に今は警戒レベルが上がっているだろう」

彩乃は一瞬だけ視線を伏せ、深呼吸してから顔を上げた。

「わたしが内部協力者として動けるわ」

「でも、一人では『共鳴タンク』のある実験室まで行くのは難しい。誰か力になってくれる人が必要」

一瞬、室内に静寂が訪れた。全員の視線が清六に集まり、誰もが息を呑んでいる。

「僕が行きます」

清六は拳を握りしめ、まっすぐ彩乃を見つめて言った。

「『活性化』をコントロールできるようになったし、九重千尋さんも助けたい」

「危険よ」

玲が心配そうに言い、唇を噛んだ。

「でも、他に方法はないでしょう?僕は『FCT-1』。もし何かあっても、この能力で対応できるはず」

彩乃は少し考え、頷いた。

「研究所のスタッフは、清六の顔を知らないわ。わたしの研究助手として連れて行けば怪しまれないでしょう。白衣と研究ノートを用意する」

「私も行く」

沙織が椅子を押しのけて突然立ち上がった。強い意志がその瞳に宿っている。

「沙織…」

「一人じゃダメ。私も手伝える」

玲は沙織の肩にそっと手を置き、心配そうに見つめた。

「危険だぞ」

霧島が警告した。

「わかってる。でも、清六くんを一人で行かせるわけにはいかない」

清六は沙織の決意に感謝しつつも、不安が胸をよぎる。

「本当に大丈夫?」

「大丈夫よ。私も一週間、玲さんから料理の基本を教わったし、研究所の見取り図も勉強した。インターンの学生として振る舞えば自然よ」

彩乃が咳払いをした。

「そうね…二人なら自然かもしれない。女子学生のインターンとして連れて行けるわ。学生証も用意しておく」

霧島は腕を組み、しばらく沈黙した後、重い口調で言った。

「了解した。だが、あくまでも解除プログラムを設置するだけだ。無理な戦闘行動は取らないこと」

「わかりました」

清六が真剣に答えた。

***

「では、作戦の詳細を確認しよう」

霧島は地図の上に指を滑らせ、各ポイントに付箋を貼っていく。

「彩乃、清六、沙織の三人がソラティア研究所に潜入する。目的は『共鳴タンク』にプログラムを仕込むこと」

「わたしのIDカードで正門は通過できるわ」

彩乃が説明した。

「問題は『安心センター』へのアクセスね。そこには『共鳴タンク』があるけど、セキュリティレベルが高い」

「どうやって入るんだ?」

「わたしには特別なアクセス権限があるわ。問題は、監視カメラと巡回警備よ」

霧島が続けた。

「GFOのチームは外部から監視する。何かあれば即座に介入できるよう待機している」

「私は?」

凪子が尋ねた。

「あなたは霧島さんと共に外部支援チームの一員として待機してもらいたい」

誠司が答えた。

「ジャーナリストとしての立場を利用して、必要なら研究所の取材を申し込むこともできるだろう」

「わかったわ」

「私はどうする?」

玲が静かに問いかけた。

「玲は隠れていてくれ」

誠司が真剣な表情で言う。

「君は別府理事長にとって最も価値のある『資産』だ。見つかれば間違いなく捕まる」

玲は一度だけ視線を落とし、深く息を吐いてから頷いた。

「最後の切り札として待機するわ」

皆の役割が決まり、霧島は時計を見た。

「時間は限られている。今日の夕方に行動を開始しよう。研究所の警備シフトが交代する時間が狙い目だ」

彩乃が立ち上がると、食堂内の空気が一層張り詰めた。

「これは非常に危険な作戦です。もし誰かが捕まれば、由布厚生は容赦しません。最後のチャンスだと思って行動してください」

全員が厳粛な表情で頷いた。

誰もが、自分の役割と覚悟を胸に刻んでいた。

 第14章:潜入作戦

 

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