第16章:黒幕の野望 フライング・コード~遺伝子の胎動~ 

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第16章:黒幕の野望 フライング・コード~遺伝子の胎動~ 

国際食品フォーラムの会場は、GFOのエージェントたちによって封鎖されていた。外ではサイレンやアナウンスの声が響き、フラッシュの光が絶え間なく瞬いている。参加者たちは混乱の中で外に避難し、報道陣が詰めかけていた。

別府理事長は霧島の部下に連行され、顔には今なお怒りと不信が残っていた。

清六たちは控室に留まり、九重千尋を落ち着かせていた。

千尋は肩を震わせ、涙を浮かべて床に座り込んでいる。玲はそっとハンカチを差し出し、彩乃は静かな声で励ました。

「もう大丈夫だよ」

清六が優しく声をかける。千尋は声を詰まらせながら頷いた。

「あなたはもう自分自身を取り戻した。『活性化』に支配されることはない」

「でも私…」

千尋の目には涙が溢れていた。

「あんなことをするつもりはなかったの…」

「わかっています」

彩乃が彼女の肩に手を置き、静かに微笑んだ。

「あなたは被害者です。自分を責めないで」

部屋には時計の秒針だけが響き、誰もが息を潜めていた。その静寂を破るように、ドアが勢いよく開いた。

重い足音とともに、一人の男性が現れた。

高級スーツに身を包み、年齢を感じさせながらも威厳のある姿——食品資源庁の特別顧問、由布厚生だった。

***

彼の背後には無表情な黒服たちが並び、部屋の空気が一気に冷たくなる。

「由布…」

彩乃は思わず立ち上がり、手が震えているのを隠せなかった。

「逮捕されたはずでは?」

由布の目は鋭く、冷たい怒りがにじんでいた。

「椎葉彩乃。君の裏切りは予想していたよ」

彼の声は冷静だが、内に激しい怒りを秘めていた。

「霧島氏の報告では、あなたは研究所で逮捕されたはずです」

霧島が前に出て、拳を握りしめ警戒の姿勢を取った。

「私の部下が連行していた」

「君の『部下』はもはや機能していないよ」

由布の低い声が部屋に響き、空気が一気に張り詰める。彼の視線が一人一人を射抜くように流れる。

「私には政界に強力なコネがある。GFOの小さな『調査官』ごときが私を拘束できると思ったのか?」

数秒の沈黙が流れ、時計の秒針だけが静かに響いた。

「どういうことだ…」

霧島の声がわずかに震える。

「私の部下に何をした?」

「彼らは一時的に拘束されているだけだ」

由布は手を振り、冷静に言った。

「心配するな、彼らに危害は加えていない。私はそこまで非道ではない」

「何をしに来たんですか?」

清六が一歩前に出て、千尋を守るように立った。背筋を伸ばし、由布をまっすぐに見返す。

由布の視線が清六に向けられた。

「FCT-1…天野清六」

彼はじっと清六を見つめる。

「君に会いたかった。我々の最初の成功例だ」

「僕は『実験体』ではありません」

清六の声には強い意志が込められていた。

「僕たちは利用されるための道具ではない」

「その通りよ」

玲が清六の隣に立ち、由布を睨む。

「私たちは人間。あなたの計画の道具ではないわ」

由布はしばらく沈黙し、やがて小さなため息をついた。部屋には緊張の静寂が満ちる。

「君たちは誤解している」

彼は静かに言った。

「私は君たちを単なる『道具』とは思っていない。君たちは国家の宝、未来の希望なのだ」

由布の目はどこか陶酔したように光り、言葉に異様な熱がこもる。仲間たちは思わず顔を見合わせた。

「国家の宝?」

「そうだ」

由布は一歩前に出た。

「日本の農業と食文化は危機に瀕している。若者の食への関心低下、伝統技術の喪失、外国資本による食市場の乗っ取り…」

由布の目は異様な光を帯び、声には抑えきれない熱がにじんでいた。

「君たちの存在は国益のために必要なのだ。FCTシリーズは日本の食文化を保存し、世界に普及させる鍵となる」

千尋は唇を噛み、震える声で反論した。

「でも、あなたは私たちを使って人々の意識を操作しようとした。それが『文化保存』ですか?」

「時には強力な手段が必要だ」

由布は冷淡に答え、手を無意識に拳にする。

「世界の食市場は巨大資本に支配されている。彼らと闘うには、相応の武器が必要なのだ」

一瞬、部屋に沈黙が落ちた。誰もが由布の言葉の異様さに息を呑む。

「それは詭弁です」

彩乃は由布から目を逸らさず、低く鋭い声を放った。

「あなたは最初から私たちを騙していた。プロジェクトの本当の目的は文化保存ではなく、政治的支配だったのでしょう?」

由布は彩乃をじっと見つめ、少し首を振った。その目にはわずかな懐かしさが浮かぶ。

「最初から?いや、それは違う」

彼の声は少しだけ柔らかくなった。

「プロジェクト・ガストロノミックマターは、確かに純粋な動機から始まったものだ」

その時、部屋の奥でキーボードを叩く音が響いた。凪子が画面を見つめ、突然声を上げる。

「みんな、これを見て!」

全員が一斉に彼女の方を振り向く。

モニターには「GastronomicMatter_Origin.doc」というファイル名が浮かび上がっていた。

「ソラティア研究所のデータベースにアクセスできたわ。『プロジェクト・ガストロノミックマター』の起源に関する機密ファイルを見つけたの」

彩乃は息を呑み、画面に顔を近づけた。

「これは…」

「20年前の文書…プロジェクトが始まった頃のものね」

凪子の指がキーボードを叩く音だけが部屋に響いていた。画面の光が彼女の顔を照らし、全員が息を呑んで見守っている。

「『大分県観光振興特別プロジェクト』と題された文書だった」

彩乃が読み上げ始める。

「『大分県の観光資源としてのグルメ文化の活用に関する提案』…」

彼女の声が静かに部屋に響く。

「『とり天』をはじめとする大分の郷土料理を世界に広める戦略的プランニングの一環として、最先端バイオテクノロジーの応用可能性を探る…」

部屋には一瞬、静寂が落ちた。清六は思わず息を呑み、沙織は目を見開いて由布を見つめた。

「これが…プロジェクトの始まり?」

清六が驚いて尋ねる。

「ああ」

由布が静かに答えた。彼の表情は少し柔らかくなっていた。

「最初は単なる地方振興策だったのだ。私はまだ若い官僚で、大分県の観光開発に関わっていた」

「ここに書いてある…」

凪子が文書をスクロールしながら言う。

「『会議の場で、若き官僚由布厚生氏の「とり天の技を遺伝子に組み込んだ調理人を作れないか」という冗談から発展した議論は、やがて真剣な研究提案へと成長していった』…」

「冗談から始まったんですか?」

沙織が驚いた様子で尋ねた。

由布は小さく笑った。その笑顔には、かつての若い官僚の影が見えた。

「そうだ。当時は半分冗談のつもりだった。しかし、その場にいた鳥栖博士が真剣に興味を示してね…」

「鳥栖博士が…」

「彼は遺伝子工学の専門家で、大学から行政への出向中だった」

由布は一瞬だけ目を閉じ、窓際に歩み、外の混乱した会場を見下ろした。

「彼は『文化的記憶の遺伝子保存』という概念に魅了されていた。料理技術を遺伝子レベルで保存し、次世代に伝えるという発想にね」

由布は一瞬だけ目を細め、言葉を選ぶように口を閉じた。

「それで県が予算を出したんですか?」

「いや、正式な県予算を使うには余りにも前衛的すぎた」

由布は振り返り、低い声で続ける。

「食品関連企業からの寄付金と、国の特殊研究費を組み合わせた。非公式なプロジェクトとしてね」

「でも、それがいつの間にか…」

清六は拳を握りしめ、由布をまっすぐに睨んだ。

「そう」

由布の目が鋭くなり、声に冷たい決意が滲む。

「研究が進むにつれて、私はある可能性に気づいた。『食による管理』の可能性にね」

部屋の空気が一気に重くなる。

「試作品FCT-0の調理能力が予想以上だった」

由布は玲を見た。

「彼女が作る料理は異常なほど美味しく、食べた人間の満足度は計測不能なほど高かった。それを食べた人間の行動パターンにも変化が見られた」

「催眠効果…」

彩乃が小さく呟く。

「そうだ。最初は軽微な効果だった。しかし、その可能性に気づいた私は、プロジェクトの方向性を変えた」

由布の顔に冷たい決意が浮かぶ。

「日本の食文化を守るためには、強力な手段が必要だった。海外の巨大食品企業は日本市場を侵食し、我々の食の独立性を脅かしていた。『料理遺伝子人間』は、その闘いにおける最強の武器になり得たのだ」

清六は怒りを抑えきれず、声を震わせて言った。

「それで僕たちを…ただの実験体として扱った」

「そうではない」

由布は首を振った。声にはどこか誇りと哀しみが混じっていた。

「君たちは日本の食文化の継承者だ。単なる実験体ではない。国家の宝なのだ」

部屋には重苦しい沈黙が流れた。

千尋は膝の上で手を組み、視線を落としながらもしっかりとした声で言った。

「でも、私たちには選ぶ権利がなかった。自分の意思で生きる権利が」

由布はしばらく千尋を見つめ、やがて肩をすくめた。

「時に個人の自由は、大義のために犠牲にされることもある」

「それはただの暴力です」

清六が厳しく言った。拳を握りしめ、由布を睨みつける。

「どんな大義も、人の自由を奪う権利はありません」

由布の表情が硬くなり、顔が次第に紅潮していく。

「若いな。世界はそんな理想だけでは動かないのだ」

彼は部下たちに目配せし、黒服たちが一斉に動き出す。

「別府は無能だった。彼が逮捕されたのは当然の結果だ」

由布は冷静を装いながらも、手の甲に青筋が浮かぶ。

「しかし、プロジェクトそのものを終わらせるわけにはいかない。FCT-1、FCT-2、そしてFCT-0…君たちは来てもらう」

「断る」

玲が一歩前に出て、背筋を伸ばす。

「もう誰も私たちを利用することはできない」

「抵抗は無駄だ」

由布はポケットから小さな装置を取り出し、指先がわずかに震えている。

「私は君たちの『活性化コード』をすべて把握している。このリモートトリガーで…」

突然、蛍光灯がバチッと音を立てて消え、部屋は赤い非常灯だけに照らされた。空気が一気に冷たくなる。

「何だ?」

由布が動揺した声を上げる。

「システム全体のシャットダウンだ」

霧島の冷静な声が闇の中から響く。

「GFOの特殊チームがソラティア研究所のシステムを完全に制御下に置いた。あなたのリモートトリガーは機能しない」

「馬鹿な!」

由布の顔が怒りで歪み、声がかすれる。

扉が開き、大勢のGFOエージェントが銃を構えて入ってきた。

先頭には世界食品監視機構の上級調査官、西園寺雅人がいた。

「由布厚生、あなたを人体実験、強制労働、国際テロ計画の容疑で逮捕する」

西園寺の声は厳しく、部屋の空気を支配した。

「君たちに私を逮捕する権限はない!」

由布が叫ぶ。声がかすれ、足元がふらつく。

「私には政界のコネが…」

「それは機能しない」

西園寺は冷静に言った。

「由布を守っていた政治家たちは、すでに証拠と共に検察に通報済みだ。彼らは自分の身を守るために、あなたを見捨てている」

由布の唇が震え、顔から血の気が引いた。視線が泳ぎ、手が小刻みに震えている。

「そ、それは…」

「おい、拘束しろ」

西園寺の命令で、エージェントたちが由布に近づいた。彼は最後まで抵抗しようとしたが、もはや無駄だった。

「このままでは日本の食が外国に支配される!」

由布は連行されながら叫んだ。声はかすれ、足元がふらついていた。

「君たちは日本の食文化を滅ぼすのか!」

彼の声は廊下に消えていった。

部屋にはしばらく重苦しい沈黙が落ちた。誰もが深く息を吐き、互いの顔を見合わせる。

「終わったんだ…」

清六が静かに言った。

「ええ」

彩乃が頷いた。

「20年続いたプロジェクトが、ついに終わった」

凪子はモニターの光に顔を照らされながら、目を伏せた。

「ただの観光振興策だったものが…一人の野心によって、こんな恐ろしいものに変わってしまうなんて」

霧島は腕を組み、低い声で続ける。

「権力と野心は人を変える。由布は元々は国のために働く官僚だった。しかし、力への渇望がすべてを歪めた」

清六は千尋と玲の目を見つめ、ゆっくりと頷いた。

胸の奥に新しい希望が灯るのを感じる。彼らは三人とも同じ「料理遺伝子人間」。同じプロジェクトから生まれた存在。しかし、これからは自分たちの意思で道を選ぶことができる。

「凪子さん」

清六は静かに尋ねた。

「あの文書の中に、僕たちの『活性化』を完全に解除する方法は書いてありませんか?」

凪子の指がキーボードを叩く音だけが部屋に響いた。画面には「プロジェクト終了時におけるFCTシリーズ処遇計画」というファイル名が現れる。

「ここにあるわ…『活性化メカニズム』の完全除去手術の詳細が…」

「手術?」

清六が驚いて聞き返した。

「ええ。『活性化回路』を神経系から取り除く手術よ。成功すれば、もう『活性化』することはない」

「でも、料理の能力は?」

千尋が心配そうに尋ねた。

「記憶として残るわ」

彩乃は慎重に言葉を選びながら説明した。

「通常の学習と同じように。ただ、超人的なレベルではなくなる」

「つまり…普通の人間になれるってこと?」

清六の声には希望と戸惑いが入り混じっていた。

「理論上はね」

彩乃は頷いた。

「手術のリスクもあるけれど」

三人は顔を見合わせ、しばらく沈黙が流れた。彼らの目に、新たな可能性への希望が浮かんでいた。

「選べるんだね」

清六が小さく呟いた。

「ああ」

霧島が優しく頷いた。

「これからは君たち自身が選ぶんだ。どう生きるか、何になるか」

外の騒がしさが遠くに聞こえる中、清六は静かに窓の外の青空を見上げた。苦しい旅路の果てに、彼は自分自身を見つけ、そして自分の運命を選ぶ権利を手に入れたのだ。

「自分で選ぶ…」

彼の言葉には、未来への決意が込められていた。

第17章:自我との闘い

 

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